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倫理のという名のプロジェクト(生存の為のエシックス展リポート)
雨も止んで
長らく降った雨も止み、初夏が感じられる暑さになった土曜日。PCを眺めていると、京都国立近代美術館で「生存のエシックス展」なるものが開催されていた。詳細はWebサイトに記載はされているが、内容を見て早速行ってみたいと思い京都へ出かけた。京都国立近代美術館へ行くには京阪三条から小さな路地を抜けて、岡崎公園南側に位置する美術館。天気も良かったので、久々に何か撮れるかと思い、D40を持ち出してきたものの美術館前を写した時点でバッテリー切れ。なんだか嫌な予感がした。トホホ・・・。
エシックスとは・・
生存の為のエシックスとは、京都市立芸術大学創立130周年記念事業に協賛して開催されたもので、生命、医療、環境、宇宙における芸術的なアプローチ等現代の精鋭的なテーマに挑戦する国内外の12のプロジェクト。宇宙滞在、発達障害、遺伝子組み換え、認知症、庭園、脳科学等、一見バラバラで無関係に見えるこれらのテーマを相互交流と対話が可能な新しい関係として再配列する事を目指すのだとか。
小難しい事はよくわからんのだけど、無秩序に見える各テーマを一つにとりまとめて大きな新しい「生きることの倫理(エシックス)」として見つめ直すのだろうか。
会場内は?
会場は、基本的に三脚を使わなければ写真撮影はOK。筆記もOK。ワークショップルームなんてのもあるのでパソコンやコピーもどんどん使ってOK。ここでカメラがバッテリー切れになってしまった事を非常に悔やんだ。仕方なく今回はiPhone3GSでの撮影。しゃーないね。展示場にはいるとまずは無重力空間で庭園を作ってしまおうという企画で、ソーセージ型の風船に苗木を植え付けて無重力で植物を育成するという。展示会場には実際の模型も設置とビデオが設置されており、宇宙での植物の育て方のベースになりそうな感じ。庭園とはいうものの実際には銀色の風船に緑の葉がついたような感じ。
バイオミュージックと称し、木の中を流れる水音を聴いたり、昆虫とのコミュニケーションを図る道具等が設置されていたようだが、正直いまひとつ理解できず。次の遺伝子組み換え劇場では遺伝子組み換え技術による影響度合い等を示す書籍や映像、またカメラ前で笑顔になると笑った際の口の大きさに比例して横にあるブラインドの開き具合が変わるというセンサーやフィードバックシステムなるものが設置されていた。
実際にはフィードバックシステムでは脳科学とメディアアートの方法を用いたアプローチにより、実証実験的に探ろうとする試みで、光と音の充満する特殊な環境に身体を置き、fNIRS(脳血流測定装置)による前頭葉の血流測定を行いながら、測定結果が瞬時に解析されて、血流の変化に応じて色や音が生成変換して鑑賞者に与えられるというもの。これが実際に体験できるのだが、既に15:00の時点で閉館まで予約でいっぱいだったので参加ができなかったので残念。これはちょっと体験してみたかった、またこようかな。
次には作業療法等で開発された抱き枕等が置かれていた。精神障害や発達障害で、どうしても落ちつけられない時に「ハグマシン」なるものを使用して強制的に患者を物に抱きつかせるという機械が置かれていた。それが進歩して抱き枕が作られたらしいが、人間にとってやはり「抱く」という安心感は欠かせないものらしい。これなら竹婦人でも良いのではないかとおも思ったりも。
次には大きな三角錐が幾重にもつらなったオブジェクトが設置されており、「盲目のクライマー ライナスの散歩」と称されていた。正直何の役に立つ物なのかよくわからんが、裸足で斜面を登り降りでき、斜面毎で寝転がったりする事のできるもの。子供がいれば喜ぶんだろうな。そんな幼心をくすぐるオブジェ。ちなみにライナスとはあのスヌーピーのライナスの毛布からきているのだと思う。
最後は直径8メートル大きな円が二重軸で回転し、プロジェクタに映し出される絵や音を通じて重力方向と身体軸感覚が混乱されるというステージ。円形ステージ上に確かに立っていられないくらいに方向感覚が麻痺する。
各プロジェクトの詳細はこちら(外部ページにリンクします)に記載されている。
思う所は・・・
全体的に大まかな言いたいテーマは掴めるものの、個々のプロジェクトが小難しい事を言い過ぎたり、主張が不明確であることから全体的なテーマがボヤけている。これはアートなのかプロジェクトオブジェなのかと言われれば難しい所もある。結局の所、知識のない自分が観てもいまひとつピンとくるものがなかった。多分、こういう分野に関しての予備知識もないからかも知れない。あえて言えば、各コーナのプロジェクト趣旨説明をもう少し詳細に書いておいて欲しかった。確かに詳細説明書は置かれているのだが、細かくて読む気になれず結局の所、「何をするもの?」と疑問を抱かざるを得なかった。
体感的には面白いモノが展示されているが、アートはその人の感性でどうとでも捉えることができるのだが、アートともプロジェクトオブジェとものつかないものに対しては目的がわからなければいくら面白い道具やパフォーマンスでも体感する本人達が本当に展示会場に来て共感や納得を得ることができない。
そもそもの倫理という意味は「人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な基準となるもの。道徳。モラル。」という事らしい。あくまでも基準となるべきなら基準になるような解説が欲しかった。これでは主催者のオナニー展示という感じも拭えなかった。
| Print article | This entry was posted by lucifer-alpha on 2010年7月11日 at 3:46 PM, and is filed under おでかけ, 想う事. Follow any responses to this post through RSS 2.0. You can leave a response or trackback from your own site. |












about 1 month ago
こんにちは
お元気にお過ごしでしょうか。
そろそろ個展が近づいたので失礼ながらご案内させていただきます。
全力で向き合った作品を是非ご高覧ください。
↓個展のご案内チラシです↓
http://eguchiya.net/data/hidehiko2010summer.pdf
about 1 month ago
こんにちは
お元気にお過ごしでしょうか。
そろそろ個展が近づいたので失礼ながらご案内させていただきます。
全力で向き合った作品を是非ご高覧ください。
↓個展のご案内チラシです↓
http://eguchiya.net/data/hidehiko2010summer.pdf
about 1 month ago
>ひでひこ様 コメントありがとうございます!7月29日から伊勢現代美術館で開催されるのですね!ぜひ、開催期間中にお伺いさせていただきたいと思います。
今回、素敵な個展になりそうですね。楽しみにしています。